こんにちは パーソナルメモリーズのキョウコです。

皆さまは先週の節分を楽しみましたでしょうか?

私は節分の夜に近所を散歩していたところ、「鬼は~そと!」と言う声とともに、道に面した家の中から豆がいくつか外にコロコロと転がってきました。都会の家でもやっぱり節分を楽しんでいる方々がいるんだなあと思い、嬉しくなりました。

先週にお話しした「鬼の自分史 ~セッタと文太の豆まき~」はいかがでしたでしょうか?ご好評もいただきましたが、お話しの終わりが悲しいと言う声もいただきました。

実は、このお話しには続きがあるのです。

前編「鬼の自分史 ~セッタと文太の豆まき~」はこちらをご覧ください。
http://www.personal-memories.jp/jibunshi/20170203/

 

それでは始まり始まり~。

鬼の自分史 ~続編・セッタと文太の豆まき~

その村では文太じいさんが亡くなり、村の子供達や孫が村の働き頭となった頃には、村の子供達はお祭りの意味もわからず、セッタが何故毎年村に現れるか知りませんでした。

村の子供達は恐怖心からセッタに豆を投げつけるようになっていました。

セッタは、何故また村人に怖がられているのかわからず、悲しい思いをしていましたが、文太と約束したので毎年2月3日に村へ訪れていました。

しかしセッタも、もうこれ以上嫌われるのは悲しいので、段々と村には行かなくなってしまいました。

鬼の自分史

そうして、五百年が経ちました。

 

鬼のセッタは千年生きるので今は740歳です。セッタの住む山には、鬼が三人になっていました。セッタとセッタの奥さん。そして、セッタの可愛い息子、セツオです。

セツオはまだまだ子鬼で、誰かと遊びたくて仕方ありません。しかし、周りには遊び相手がいませんでした。

セツオ:お父さん! 僕、人間と遊びたいな。村に遊びに行ってもいい?

セッタ:それはお前が悲しい気持ちになるから、遊びには行っちゃだめだぞ。お父さんも昔は毎年村に遊びに行って人間達と交流して楽しかったが、いつの頃からか、村人達はお父さんを怖がるようになったんだ。何故かわからなくてとても悲しかったよ。 文太じいさんが生きていればなあ。。。

村人達は普通の人間なので、世代の交代を繰り返していました。文太の子孫である、いたずら小僧の「文三」も元気に村で走り回っています。

ただ、村ではいつの間にか2月3日の祭りはなくなっていました。一年に一回のお祭りさえもなく、村人達は楽しみがありません。村にはどことなく寂しさがただよっていました。

そんなある日、文三が家の蔵の奥からボロボロの書物を見つけました。古い書物に文三はワクワクしましたが、字が難しくて読めないので、お父さんお母さんに読んでもらう事にしました。

鬼の自分史

文太が残した自分史

文三のお父さんとお母さんも、その書物が蔵にあったのは知りませんでした。内容を読んでみるとそこには、長老の文太が記録した毎日の村の出来事や、文太自身の思い出等が書いてありました。

つまり文太は自分史を書き残していたのです。

文太の自分史には村人達との思い出や、先祖の事、豊作不作の事、子鬼のセッタとの思い出。祭りの思い出。自分の子孫へのメッセージ。妻と出会えて幸せだったこと、自分の子供が生まれて嬉しかったこと等が書いてありました。

文三のお父さんとお母さんは、先祖である文太の自分史を見つけて、お祭りとセッタの存在を知りました。そこで、お父さんとお母さんは、村人達に文太の自分史を広めました。

お祭りの存在を知った村人の中の一人が言いました。

「そういえば、ずいぶん昔に俺のひいばあちゃんが言っていたよ。昔は2月3日に豊作を願う祭りがあって、鬼が来る時があるから、困ってみんなで追い返したみたいだよって」

村人達は、祭りやセッタの事を知らかなったとはいえ、セッタにも文太にも申し訳ない気持ちになりました。そして、誰からともなく言いだしました。

「まずは、セッタに無礼を謝りに行こう。そして、2月3日の祭りを再開して、鬼のセッタに村に遊びに来てもらおう! 今の村には活気が必要だ!」

文太の自分史にセッタの住む場所が書いてあったので、訪ねる事は簡単です。文太の子孫である、わんぱくな文三がセッタの住む山に向かいました。

 

祭りと交流の再開

文三:こんにちは。あなたがセッタさんですか? 僕は文太じいさんの子孫の文三といいます。

セッタ:やあ、君は文太じいさんとどことなく似てるから、子孫だとすぐわかったよ。どうして訪ねてきたんだい? 僕の容姿が怖いだろう?

文三:はっきり言ってちょっと怖いです。でも、文太じいさんの残したこの書物には、セッタさんは良い鬼だと書いてあったから、平気です。これ読んでください。

そう言って、文太の自分史をセッタに差し出しました。

セッタが読み出してしばらくすると、大鬼のセッタがぽろぽろ涙をこぼしはじめました。

楽しかったお祭りの事や人間との交流を鮮明に思い出し、そして、文太じいさんが自分の事をとても可愛がってくれていた気持ちが伝わってきたからです。

セッタ:そうか、文太じいさんは僕の事を書いて残してくれてたんだね。

文三:うん。最近この書物を見つけて、それでここに来ました。これまでセッタさんに悲しい思いをさせてしまって、ごめんなさい。村の人達は、またぜひとも、いつでも遊びにきてくださいって言っています。毎年2月3日の祭りを今年から再開する事になったので、お祭りに遊びに来てくれませんか?

セッタ:それはよかった。僕の子供のセツオが、人間達と遊びたいと言っていたんだ。お祭りにはセツオに遊びに行かせるから、豆を用意してやってくれ。

文三:うん! セツオ君、一緒に遊んで、豆食べようね!

セツオ:うん! やったあ!

 

こうして、文太が生きていた頃のように楽しい祭りが開催されるようになりました。毎年2月3日に子鬼のセツオが村に遊びに行くと、文三と遊んだり、人間と交流して、豆を沢山もらってきては嬉しそうにセッタにその年の祭りの様子を話しました。

嬉しそうにはしゃぐセツオを見て、セッタもまた、自分の子鬼時代と同じ悲しい思いをセツオにさせずに済んで嬉しい気持ちになりました。

村も活気を取り戻し、村人達の表情も明るくなりました。

そして、セッタも自分史を書きはじめました。自分史の大切さがわかったからです。

文太や村人との楽しかった事、妻との幸せな思い出、セツオが生まれて嬉しかった事、節分が始まった経緯や村のこと、村人たちのこと、豊作になる条件など。セッタは自分史を書きながら妻とセツオとのんびり暮らしました。

鬼の自分史

そしてセッタは1100歳になりました。

セッタの顔には文太じいさんと同じようなしわが刻み込まれていました。

妻とセツオ、村人達に囲まれて、ゆったりと横たわっています。

「お~い、セッタ~。迎えにきたぞ~!」

目を開けると、遠い昔に見た時と同じ、優しい笑顔の文太じいさんが迎えにきていました。

セッタは幸せそうに眠りにつきました。

おしまい

自分史で誰かが癒される

このお話しでは、文太じいさんは亡くなってしまいましたが、それでも文太じいさんの自分史によって、セッタも子孫も幸せな時間を過ごす事ができましたね。村人達も活気を取り戻す事ができました。

口頭だけで伝え残していこうとするとあやふやになってしまったり、どこかで途切れてしまう事があると思いますが、本などの形として残しておけば、長い年月でも伝えたい事がぶれずに残しておく事ができます。

ちなみに、パーソナルメモリーズで作成する自分史は、長い年月が経っても残せるように、丈夫な製本方法を採用しています♪(千年持つかはわかりませんが・・笑)

今日は東京は雪が降っています。外出の際は足元お気を付けくださいね!