田中角栄の自分史は、歴史や政治背景、生き方
について勉強になります。

今日は、「割れた高級カットグラス」のお話を
したいと思います。

割れた高級カットグラス

十六歳という若い年齢の角栄は、自分の能力に
相応しい仕事を探していた。

そこで見つけたのが、高砂商会である。

高砂商会は輸入専門の貿易商であった。

高級カットグラスも輸入し、高島屋や松坂屋
などの百貨店に卸している堅実な商売であった。

社長の五味原さんは角栄の働きを評価してくれ、
一か月の給料が十円のところを十三円くれた。

角栄は毎日、百貨店に高級カットグラスを納品
してから夜学へ通うことになる。

午前中は、百貨店の注文書などを整理し、
梱包作業を行う。

午後はそれを自転車で運ぶ。

十八時から夜学が始まるので、時間に余裕が
ある時には売り子に交じって販売を手伝う。

という生活をしていた。

とある夕方、かなり遅い時間になってから
高島屋から高級カットグラスの果物鉢を五個
至急届けて欲しいとの電話がかかってきた。

電話を受けたのは角栄である。

角栄はその頃すでに、
主人に相談せず、注文を受けたら品物を選び
梱包・納品まで一連の仕事を任されていた。

高島屋に納品してから夜学に登校すると
なると、少々間に合わなそうである。

角栄は高級カットグラスを急いで梱包し、
自転車の荷台に括り付けた。

なるべく遅刻をしたくないので、
店を飛び出し、ありったけの力でペダルを
漕いだ。

曲がり角を右に曲がろうとすると、
荷台の重みでバランスを失い、自転車ごと
横転してしまった。

角栄は、しまった!
と痛さを堪えて飛び起きたが、
高級カットグラスは粉々に砕けていた。

角栄はすぐに店に引き返し、
注文された品を同じ数だけ包装し
高島屋へ届けた。

学校は遅刻出席となる。

割れた高級カットグラスは原価にして
角栄の月給の四カ月分である。

下校し店に戻ると角栄は五味原社長に
昼間の失敗を報告し、軽率であったと
詫びた。
給料から半額天引きしてほしい旨も
伝えた。

角栄は解雇になるかと思っていたが、

「怪我が無くてなによりだ。
お得意さんに代わりの品をすぐに
届けてくれたのはありがたかったよ。」

と、思いがけない返事をいただいた。

奥さんも、

「くよくよするな。
稼いだら損は取り戻せるんだよ。」

と慰めてくれた。

夫婦は角栄の給料から弁償金を天引きしなかった。

角栄はこの時の経験から、

「不注意による他人の過失は絶対に咎めない」

という原則を心に決めた。

五味原夫妻の寛大な扱いによって奮起した
角栄は、損失を償い、さらに余りあるほど
の販売実績を上げた。

恩を受けた者は、それにもまして
感謝を返す気持ちになるという事実を
角栄は体験して知った。

人を動かすには、
厳しい叱咤激励よりも温情がはるかに勝る
ということを肝に銘じることになる。